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盛岡地方裁判所 昭和28年(ワ)310号 判決 1957年3月05日

原告 ラサ工業株式会社

被告 ラサ工業株式会社宮古工場労働組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

(当事者の請求の趣旨及びこれに対する答弁)

一、原告は「被告は原告に対し金五〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告は主文同旨の判決を求めた。

(当事者間争のない事実)

一、原告会社と被告組合の概要

原告は大阪市、宮古市、福岡県羽犬塚町に工場を、岩手県田老、同県大峰、熊本県三陽、鹿児島県布計に鉱山をもち、全従業員約一、二〇〇名(うち職員約四〇〇名、工鉱員八〇〇余名)を使用する株式会社であつて、過燐酸石灰、硫酸、工業薬品、研削材、土木用および鉱山用機械の製造販売ならびに硫化鉄鉱銅鉱の採掘を業とするものである。

原告会社宮古工場は、過燐酸石灰、硫酸、化成肥料の製造販売を行う事業所であつて、従業員三六〇余名うち職員約八〇名、工員約二〇〇名、臨時工八〇余名であり、被告は右工員一七〇名をもつて組織する労働組合である。

原告会社には、被告組合の外に大阪工場、羽犬塚工場、田老鉱山にもそれぞれ労働組合があり、以上四組合は、昭和二七年一一月ラサ工業労働組合連合会(略してラサ労連という)を結成し、事務所は被告組合事務所におき、ラサ労連委員長には被告組合委員長が就任した。ラサ労連と原告会社との間には労働協約が締結されてない。

二、原被告間の労働協約

昭和二七年八月一二日、原告会社と被告組合との間で労働協約が締結された。本来の有効期間は一ケ年であるが、当事者の一方から有効期間満了二ケ月前に改訂の申入がないときは六ケ月毎に更新される旨の規定によつて、昭和二九年二月一一日まで自動延長され現に有効期間中である。

同協約には次のような規定がある。

労働協約

(序文)

ラサ工業株式会社宮古工場(以下会社と言う)とラサ工業株式会社宮古工場労働組合(以下組合と言う)とは労働協約を締結し相協力して産業の平和確立を図り社業の安定発展と組合員の地位の向上並びに福利の増進に努力する。

第一章  総則

(労働条件の決定)

第六条 組合員の労働条件に関する主要な事項は此の協約に於て定める尚協約に定めのない部分に就いては協議する。

第八章 紛議処理

(目的)

第八一条 紛議処理は会社と組合又は組合員との間に発生する紛議を業務の円滑なる運営を阻害する事なく迅速且公正に審議処理し解決を図る事を目的とする。

(紛議の定義)

第八二条 此の協約で紛議とは苦情及び紛争を言う。

一、苦情とは会社と組合又は組合員との間に於ける此の協約就業規則及び労働契約の解釈適用又は之れ等の違反の申立又は日々業務に附随して起る不平不満を言う。

二、紛争とは此の協約に規定されて居ない事項であつて労働条件に関するものについての会社と組合との不平不満を言う。

(紛争の申立)

第八九条 会社と組合との間に第八二条第二号の紛争を有する場合は組合側紛議処理委員は所定様式の書面を以つて労務課長を通じ会社側紛議処理委員会に提出する会社側紛議処理委員は組合側紛議処理委員と審議し前項の文書受理後原則として三日以内に円満解決を図る。

(紛争未解決の場合の取扱)

第九〇条 前条に於いて解決を見ない場合は団体交渉を行い自主的解決を図るものとする。

第九章 団体交渉

(団交の目的及び範囲)

第九三条 団体交渉の範囲は労働条件並びに労働協約の締結及び会社組合双方に於て必要と認めた事項について会社及び組合を代表する交渉委員との間に行う団体交渉は相手方の人格を尊重し誠意と秩序とを以て速かに平和的に解決する様努めなければならない。

(団交の手続)

第九四条 団体交渉を行う場合は左の手続及び方法による。

一、団体交渉に当る双方の委員は同数とし各七名以内とする。

二、会社の交渉員は非組合員中より選出し組合の交渉員は組合員中より選出するものとする。

三、団体交渉を行う場合会社及び組合は第三者を交へようとするときはその者の団体交渉権限に関し正式に委任状を提出し相手方に紹介しなければならない。

四、団体交渉の交渉事項は二四時間前に書面にて成可く相手方に通知し交渉事項及び日時場所を協定するものとする。

但し両者協議の上日時を変更する事が出来る。

(団交員の名簿の交換)

第九五条 双方交渉員名簿は原則として二四時間前に交換する団体交渉に当るものは選出された本人に限るものとし事案継続中は交渉員を変える事は出来ない。

但し事前に相手方の承認を受けた場合は此の限りでない。

(交渉の義務)

第一〇一条 団体交渉が決裂した場合に於ても当事者の一方から交渉再開の申入れがあつた時は之に応ずる義務がある尚争議中の場合も前項に従う。

(斡旋)

第一〇二条 前条によつて反復交渉しても尚妥結出来なかつた場合には管轄権ある労働委員会の斡旋に附する事が出来る前項の斡旋申請をするときは相手方に通告を要するものとする。

(平和義務)

第一〇四条 会社及び組合は此の協約の有効期間中は協約に定める一切の手続きが完了する迄は如何なる争議行為も行わない。

第一〇章 争議行為

(冷却期間)

第一〇六条 第一〇二条に定める手続きを経た紛争に関する労働委員会の裁定に会社又は組合の双方若しくは何れか一方が不服の場合その旨を労働委員会及び相手方に同時に通知し、確認の時から四十八時間を経過した後でなければ会社組合双方共一切の争議行為は行はない。

(争議行為の予告)

第一〇七条 会社又は組合が争議行為を行う時は争議行為を開始する日時をその時より四十八時間前迄に文書を以つて相手方に予告する。

なお右労働協約書の末尾には、締結者として「ラサ工業株式会社宮古工場、取締役工場長松村貞三」と「宮古工場労働組合執行委員長細川梅喜千」の名が記され印が押してある。

三、争議にいたるまでの経過

1  ラサ労連は昭和二八年一〇月三一日原告会社に対し、職員平均二万八千円、工員平均一万九千円の越年資金要求書を提出した。

2  一一月一九日労連は会社に団体交渉を申入れ、二四、二五両日交渉が行われたが、会社は「各事業所所長に権限を与えてあるから事業所毎に個別に交渉されたい」と主張し交渉を拒否した。

3  労連は翌二六日中央労働委員会に対し、労連の「原告会社に対する団体交渉権の確認並びに促進」につき斡旋を申請し、会社は一二月一日中労委に対し斡旋に応じ難い旨回答した。

4  中労委の決定にもとづき一二月三日・四日・七日・八日委員吾妻光俊が実情調査を行う。

5  一一月二七・二八の両日、労連は会社に対し越年資金要求について協議するよう交渉したが、会社は依然労連との統一交渉を拒み事業所毎の現地交渉を主張し、交渉方式の問題をめぐつて意見が対立し、越年資金の問題の本案についての交渉に入らず。

6  一一月三〇日被告組合は原告会社宮古工場長に対して闘争宣言を発した。これに対して同工場次長は労働協約違反の行為のないよう勧告した。

7  労連は一二月五日闘争宣言を会社に手交し、一二月八日「一二月一一日午前八時からストライキにはいる」と会社に通告した。

8  一二月八日被告組合は労連の指令にもとずき、原告会社宮古工場長に対し越年資金に関する会社案の提示を求めたところ、同工場長は本社における交渉が解決しない限り会社案の発表はできないと回答した。

9  ラサ労連宮古支部は一二月九日午前零時原告会社宮古工場長に対して「連合会の指令により一二月一一日午前八時からストライキにはいる」と通告した。

10  被告組合は一二月一一日午前八時からストライキにはいる。被告組合員は保安要員四名を除いて他は全員就業しない。

11  一二月一一日午後三時頃、原告会社宮古工場長から被告組合に対し争議について団体交渉の申入れがあり、ラサ労連宮古支部はラサ労連あて申入れられたい旨回答した。

12  一二月二七日ラサ労連宮古支部の名で「労連本部指令により同日午後四時をもつてストライキを解除する」と原告会社宮古工場長に通告した。

13  翌二八日から事務折衝の後昭和二九年一月四日から就業した。

(原告の主張)

一、被告組合の本件ストライキは労働協約の平和条項違反であり、協約上の債務不履行である。

本件ストライキは、前記労働協約第一〇四条に違反する争議行為である。第一〇四条にいう「一切の手続」とは次の通りである。

1  紛議処理手続(第八九条)

2  団体交渉(第九〇条)

3  労働委員会の斡旋(第一〇二条)

4  争議行為の予告(第一〇七条)

被告組合は、前記手続の何れもふまないで争議行為を行つたのである。

1  ラサ労連の原告会社本社に対する団体交渉は、本件協約に規定する交渉単位(被告組合)交渉当事者(原告会社宮古工場長)交渉方法(協約第九四条第九五条)交渉場所(宮古)とは全く異る全然別個のものである。単位組合が上部団体に交渉を委任することは認められない。これをもつて被告組合が団体交渉の義務を尽したとはいえない。

2  被告組合は協約第一〇二条を申請義務を定めたものでなく、応諾義務を定めたものと主張するが、それは「出来る」という文字に拘泥した謬見である。本協約成立の経過をみれば、本条が申請義務を定めたものであることは明らかである。斡旋を申立てるかどうかは当事者の自由であると解するときは同条は無意味な規定となる。

3  一二月九日ラサ労連宮古支部の名でスト通告が出されたことはあるが被告組合名義ではないから、協約第一〇七条に定められた被告組合のスト予告とはいえない。ラサ労連宮古支部なるものは、組合規約上も実体上も存在しない架空のものである。かかる架空の存在の発した文書が何らの効力も発生させるものでないことはいうまでもない。被告組合とラサ労連宮古支部とは仮にその構成員が同一であるとしても、法律上別個の団体であるから、被告組合がストの予告をしたものとはいえない。

4  一二月一一日原告会社宮古工場長が団体交渉を申入れたのに対し、被告組合がこれに応ぜずラサ労連に申入れるよう回答したことは、協約第一〇一条に違反する。

以上のような労働協約の平和条項違反の争議行為は労働組合法第八条の保護をうけず、争議行為によつて原告会社が蒙つた損害を賠償する義務あること明らかである。

なお原告会社は前記ストライキ発生の事前及び事後において被告組合に対し屡々団体交渉の申入れを行いかつ協約違反の行為に亘らないよう警告を発し協約上の義務の履行を求めたのであるが、被告組合はこれに耳を傾けず敢えてストライキを行つたのである。

また越年資金要求の問題は、原告会社宮古工場長と被告組合との間の現地団体交渉によつて解決するのが従来の慣行であつて、原告会社は、この従来の慣例に従うことを終始一貫主張したにも拘らず、被告組合はこれを無視して無意味な紛争をひき起し、結局従来の慣例通り各事業所毎の個別接衝によつて問題は解決されたのである。

被告は、本件争議行為は、ラサ労連の指令によるものであるから本件労働協約の適用外の行為であると主張するが、単位組合たる被告組合は自由意思によつてラサ労連を脱退することは可能であり、またラサ労連の指令に従うかどうかは同じく被告組合の自由意思によつて決定しうるところであるから、ラサ労連の指令による行為の故を以つて被告組合の行為でないと主張するのは誤りである。

二、本件ストライキは協約に内在する一般的平和義務違反である。

本件ストライキは、協約の有効期間中に、協約に定められた事項を変更する目的で行われた争議行為に該当する。即ち本件協約は、被告組合と原告会社との間の団体交渉の方式を定めているのであつて、被告組合員の労働条件に関する事項で協約に定めのないものは、現地において原告会社の宮古工場長と協議することを定めているのである(協約序文、第六条ならびに末尾締結者氏名参照)。本件協約の当事者は、法律上は原告会社と被告組合とであることはいうまでもないが、協約運用に関する会社側の担当者は原告会社宮古工場長である。この交渉方式を遵守することが本件協約当事者双方の義務であつて、協約の有効期間中にこれを変更する目的をもつて争議行為を行わないことが協約に内在する一般的平和義務なのである。

ラサ労連の原告会社本社に対する団体交渉は、越年資金要求が主たる目的ではなく、原告会社にラサ労連を交渉単位として確認させることが主たる目的であつたものと解せられるのであつて、このことは同労連が中労委に対し斡旋申請した際の交渉事項中には越年資金要求は存せず、ただ単に「同労連の団体交渉権の確認ならびに促進」が存するのみであることからも明らかである。

本件争議行為は、従来の団体交渉方式を非合法な方法によつて変更しようと企てたものであつて、平和義務違反の違法な争議行為である。

しかもラサ労連の越年資金に関する統一交渉の要求は現実に即せず妥当性を欠くものであり、原告会社は到底これに応じえないのであるが、その理由は次のとおりである。

(1)  経営上の理由

原告会社は、東北から九州にわたり全国各地に十二ケ所の事業所を有し、その業種も化学工業、機械工業、採鉱と多様にわたり、各事業所の規模、経営方法は著しく異つているので独立採算制を採用している。中央交渉を行うときは、全国各地から関係職員が上京滞在し多額の費用を要する上、交渉資料の収集に不便であるため交渉はいきおい長期化し、責任者の上京不在のため現場の経営に重大な支障をきたすおそれがある。

(2)  労務管理上の理由

原告会社の就業規則、賃金規程等は各事業所毎に相違しており、労働条件に関する決定権は各事業所長に一任されている。労働事情もそれぞれ相違し、十二ケ所の事業所中組合の存するのは僅に四ケ所である。従来各事業所毎に現地交渉を行い迅速円満な解決をみてきたのであつて支障を生じたことはない。

三、よつて本件ストライキにより原告会社の蒙つた損害を被告組合は賠償すべきである。

本件ストライキは昭和二八年一二月二八日まで継続した。本件ストライキの終了の日は二八日であり、二七日ではない。

本件ストライキに際し原告会社宮古工場の全従業員三六一名中生産、補助、管理事務の三部門の各職場に従事していた被告組合員一六六名がこれに参加したので、宮古工場の操業は全部停止せざるを得なかつた。本件ストライキはいわゆる全面ストであり部分ストではない。

宮古工場はいわゆる流れ作業の生産工場で、どの部門の操業に支障を来してもその後全作業に影響を及ぼし、原告会社は急いで非組合員の従業員補充員合計約二三〇名で非常時臨時編制を組織し、業務の運営と損害の防止に努めたが、その陣容ではいかんともすることもできず、ようやく工場財産の管理防衛に当り得ただけである。

原告会社は、本件ストライキのため莫大な損害をうけ、その金額は七、二四七、五八八円二四銭に達しているが、本訴においてはそのうち五〇〇万円の支払を求める。

(A)  ストライキに原因する生産減少のための損失一、九九六、三五八円

1 昭和二八年一二月分生産計画と実績

銘柄

計画量(トン)

実績

減産

過燐酸石灰

七、二〇〇

二、八七六

四、三二四

ラサ尿素化成

二、五〇〇

九七〇

一、五三〇

すみれ化成三号

五〇〇

一五三

三四七

すみれ化成六号

五〇〇

五〇〇

すみれ化成一〇号

五〇〇

五〇〇

2 製造一トン当の利益

銘柄

売上代金

総原価

差引利益

すみれ三号

二〇、六六六円六六

一九、三一三円七四

一、三五二円九二

すみれ六号

二二、一三三円三三

二〇、五三四円五六

一、五九八円七七

すみれ一〇号

二四、四〇〇円

二二、九四四円九八

一、四五五円〇二

3 当然得べかりし利益を生産減少により失つた額

銘柄

一トン当りの利益

減産量

失つた利益

すみれ三号

一、三五二円九二

三四七

九、四六三円二四

すみれ六号

一、五九八円七七

五〇〇

七九九、三八五円

すみれ一〇号

一、四五五円〇二

五〇〇

七二七、五一〇円

合計

一、九九六、三五八円二四

(B)  遊休費および直接的経費 三、五九五、三二〇円

1 固定的経費        一、一五八、四四九円

(内訳)

イ、支払保険料(争議期間に対する日割額) 一〇四、六六九円

ロ、側線保守費(同右)           一九、〇三八円

ハ、租税公課(同右)           一七九、一五二円

ニ、減価償却費(同右)          八五五、五九〇円

2 契約電力料(月額三二八、六〇〇円に対する争議期間に対する日割額)

一三九、〇二三円

3 ストライキ期間中の支払人件費 二、二九七、八四八円

(内訳)

イ、争議非参加職員に対する人件費   一、五七七、五四八円

ロ、争議参加工員に対する人件費      一五五、四五三円

ハ、争議のため特に生産以外の業務に使用した臨時工並びに臨時人夫に対する人件費

五六四、八四七円

(C) 操業中止に因る製品ロスおよび操業再開のための特別経費(硫酸)

六五七、一七七円

1  操業再開時における製品歩留り低下に因る損失額

五三八、四八八円

2  焙焼炉火入れのための薪代と人件費 一一八、六八九円

(D) ストライキのための特別経費   九九八、七三三円

1  事務用消耗品            三六、八七三円

2  旅費(連絡員本社出張費、外)    一六、一二〇円

3  交通費(市内タクシー代)       二、九二〇円

4  交際費(盛岡における経費)      六、三〇〇円

5  通信費(電報電話外)        七九、八九〇円

6  図書印刷費             九九、五五〇円

7  雑費               一九八、九六六円

8  応急施設費            五五八、一一四円

(内訳)

硫酸給水関係設備補強費          四六一、九〇〇円

施設防衛工事費               四六、五八四円

一般補修費(モーター捲替外注等)      四九、六三〇円

以上総計               七、二四七、五八八円二四銭

(被告の主張)

一、本件争議行為は、上部団体であるラサ労連の指令にもとずき全労連一体となり下部四単位組合が同時に行つたものであり、即ちラサ労連の行為であつて、被告組合の行為ではないから、原告会社と被告組合との間に締結された労働協約の適用がない。

労働組合連合会自体が一の労働組合として会社に対し主体的に団体交渉等労働組合法上の権利を行使しうることはいうまでもない。従つて労連が会社と交渉等をする場合は、労連自体と会社との間に労働協約が締結されておれば格別、労連の下部組合と会社間に事業所別に労働協約が締結されていたとしても、労連自体が下部組合の協約に拘束されるいわれがないことは当然といわねばならない。労連が会社に対して要求をし、交渉し、要求貫徹のために下部組合に争議指令を発して会社に対して争議行為を行いうることも亦当然の事理であつて、労連自体の争議行為と下部単位組合が闘争の主体となる争議行為とは区別されなければならない。

二、仮にそうでないとしても労働協約所定の手続はふんでおり、労働協約に違反するものでない。

1  協約第一〇四条にいう「一切の手続」とは本件争議行為については、団体交渉(第九〇条)と予告(第一〇七条)を指し、紛議処理手続(第八九条)労働委員会の斡旋(第一〇二条)は含まれない。

2  本件争議の目的事項である越年資金の支給要求は、協約上も慣例上も紛議処理手続によるべき必要のないものである。

3  労働協約第九〇条によつて被告組合に団体交渉義務ありとすれば、それは原告会社に対して負うものであつて、原告会社宮古工場長に対して負うものではない。宮古工場長が協約の締結者になつているが、使用者たる原告会社を代表して締結したものであるこというまでもない。

そして労働組合の上部団体が、その固有の団体交渉権にもとづき或は下部構成単位組合を代表して使用者と団体交渉を行いうるものであることは、勿論である。

本件においてラサ労連が原告会社に対し越年資金の要求を提出し、これについて交渉を求めたのであるが、右要求および交渉は、被告組合の会社に対する要求について、労連が被告組合の委任をうけて原告会社に対して行つたものである。

原告は、本件労働協約の運用の担当者が原告会社宮古工場長であり事実上の当事者が同工場長であるから、同工場長との間に団体交渉が行われなければならないと主張するが、団体交渉はあくまで原告会社に対して行うものであり、ただ担当者を通じて原告会社と団体交渉を行うことがあるにすぎない。従つて担当者を通じないで直接原告と被告或いはその権限を委任されたものが団体交渉を行つたからといつて原告と被告との間に団体交渉が行われなかつたということはできない。

故に団体交渉義務の点において被告組合は労働協約に違反してない。

4  労働委員会の斡旋に関する協約第一〇二条の規定は、当事者間において団体交渉が妥結しなかつたときに、当事者の一方から労働委員会に斡旋の申立をした場合における相手方の応諾義務を課したものであり、いかなる場合にも斡旋をへなければ争議行為をなしえない旨を定めたものではない。このことは同条に「斡旋に附する」といわずに「斡旋に附することができる」と書いてあるところから明らかである。本件越年資金の紛争に関し、原告会社は斡旋の申立をしなかつたものであるから、被告組合は前記条項の拘束をうけるものではない。

仮に本件の場合に、協約第一〇四条の一切の手続に労働委員会の斡旋が含まれているとしても、被告組合から団体交渉の委任をうけたラサ労連が、中央労働委員会に越年資金要求の紛争について斡旋を申請しその手続をへているから協約に違反したものではない。

5  被告組合は、上部団体であるラサ労連を通じて一二月八日原告会社に対しストライキの予告を行い、更に念のため被告会社宮古工場長に対しスト通告を行つたから協約一〇七条に違反しない。ラサ労連宮古支部は即ち被告組合であり、両者は同一である。

6  本件ストライキは労働協約第一〇一条後段に違反するものでない。

すでに本件ストライキが、労働協約に違反することなく開始されたものである以上、その後において、原告会社宮古工場長から団体交渉の申入があつたかどうかは、本件ストライキが労働協約に違反するものであるか否かの認定に何ら関係するものではない、のみならず、右申入れに対して被告組合は、今回の問題に関してはラサ労連に一任してあるから労連に対して申入れられたいと回答したものであつて、協約第一〇一条に違反したものではない。

三、本件争議行為は平和義務違反ではない。

ラサ労連の原告会社に対する団体交渉の目的は、越年資金要求である。この要求について協議することを求めたのに対し、原告会社が労連を相手に交渉することを拒否したので、交渉を行うために中労委に対して、原告が労連と越年資金要求につき団体交渉すべき旨の斡旋を求めたものである。この統一交渉方式が実情を無視したとの原告の主張は単なる主観的判断に止まり、それによつて直に労連の要求を不当とすることはできない。現地で交渉しても、結局本社の指令を仰いで事を処理しているのが実情である。

以上で明かなように、本件ストライキの目的が越年資金要求貫徹にあつて、労働協約の変更になかつたことはいうまでもない。平和義務違反との原告の主張は理由がない。

四、仮に労働協約違反であり、損害賠償義務ありとしても、それは争議自体に因る損害ではなくして、労働協約違反による損害の範囲に限らるべきである。

本件ストライキは、越年資金要求貫徹のために行われたのであつて、その目的においても方法においても正に労働組合法第八条にいうところの正当な争議行為に外ならない。仮に原告主張のように労働協約違反の事実ありとしても、それは「正当な争議行為を行うについての」手続において協約に違反した点があるに過ぎず、従つて協約違反という債務不履行の効果を生ずるに止まり、正当な争議行為としての労働組合法第八条所定の免責を失うものではない。従つて被告が原告に対して負うべき損害賠償の責任は、ただ協約条項に違反することに因つて生じた損害の範囲に止まるべきで、争議自体によつて通常生ずる損害のすべてに及ぶものではない。しかるに原告が請求する損害賠償は、争議に伴う通常の損害であり協約の条項違反によつて生じたものではないから、被告においてその責を負うべきものではない。

五、原告が主張する損害は、争議に伴う通常の損害としても不当である。

本件ストライキの終了の日は昭和二八年一二月二七日であり、二八日ではない。二七日スト解除の通告と就労の申込をしたのであり、終了の日を二八日とする原告の損害額の算定は失当である。

また本件ストライキ中被告組合員以外の従業員は全部勤務し、三部門十六職場中ストライキにより影響を受けたのは生産部門四職場のみである。その生産部門も補充員を以つて当て操業を全部停止したのではない。

1  (A)化成部門では昭和二八年一二月一一日、二五日、二六日に生産が行われた。従つてそれ以外の日でもストに参加していない従業員によつて生産が可能であつたことは当然である。仮に原告主張のように右以外の日に生産が行われていなかつたとしたら、それは被告組合の争議行為によつて生産が不能になつたのではなくて、生産が可能であつたにも拘わらず原告の恣意によつて生産を行わなかつたのにすぎない。化成肥料は過燐酸石灰を主原料として生産されるのであるが、本件争議行為当時宮古工場には過燐酸石灰のストックが六千トンぐらいあつたので、生産を阻害される事情はなかつたからである。従つて、被告組合の争議行為にもとずく損害の賠償を要求する本件について化成部門における生産停止による損害を算入することは失当である。

2  (B)1ロ側線保守費は、本件争議期間中も引込線は出荷に利用しているのであるから損害に加算すべきでない。

3  (B)1ハ相税公課ニ減価償却費2契約電力料は、全操業が停止された場合には損害といえるが、もしも一部が操業されていた場合には、停止された作業の割合をもつて損害とすべきである。

4  (B)3イ争議非参加職員に対する人件費については、事務処理のための人件費、一部分において操業が行われている場合にその操業に要する人件費等は控除さるべきである。

5  (C)1歩留り低下に因る損失額は、通常の歩留りとの間の差が明らかにさるべきである。2焙焼炉火入れは必要なものであるかどうか疑問であるので損害額ではない。

6  (D)ストライキのための特別経費はすべて原告会社がストライキ対策のために支出した費用であつて、経営の必要上支出されたものではないから、ストライキによつて通常受ける損害ということはできない。

(証拠省略)

(裁判所の判断)

第一、平和条項違反との主張について。

1  被告は、本件争議行為はラサ労連の争議行為であるから、原被告間の労働協約の適用はないと主張するが、被告組合が本件争議行為を行つたことはその認むるところである。被告組合が争議行為を行つた以上、それが上部団体であるラサ労連の指令にもとずき傘下四単位組合同時に行つたものであるとしても、原被告間の労働協約の適用をうけることは多言を要しない。被告の主張は採用しない。

2  原告は、労働協約第一〇四条に定める「一切の手続」とは

(イ) 紛議処理手続(第八九条)

(ロ) 団体交渉(第九〇条)

(ハ) 労働委員会の斡旋(第一〇二条)

(ニ) 争議行為の予告(第一〇七条)

を意味し、被告組合はこの手続を全くふまずに争議行為に及んだと主張するので、以下これについて逐次判断する。

イ、紛議処理手続

本件労働協約第八章は「紛議処理」と題し、「会社と組合又は組合員との間に発生する紛議を業務の円滑なる運営を阻害することなく迅速公正に審議処理し解決を図ることを目的」(第八一条)として紛議処理委員会を設け「協約に規定されていない事項であつて労働条件に関するものについての会社と組合との不平不満」(第八二条)即ち紛争があるときは「組合側紛議処理委員は所定様式の書面を以つて労務課長を通じ会社側紛議処理委員会に提出する会社側紛議処理委員は組合側紛議処理委員と審議し、前項の文書受理後原則として三日以内に円満解決を図る」(第八九条)と規定している。

本件争議行為が越年資金要求に端を発して展開されたことは争のないところであり、越年資金要求が労働協約第八二条にいわゆる「紛争」であることも疑のないところであるけれども、この紛争は、労働協約第八九条所定の紛議処理委員会で解決されるにはあまりにも大きな問題であつて、さればこそ従来も協約成立の前後を通じて越年資金要求問題については、紛議処理委員会にかけられたことはなく直に団体交渉にはいつていることは原告も認めるところである。従つて被告組合が紛議処理手続をふまずに争議行為を行つたから労働協約違反であるとの原告の主張は理由がない。

ロ、団体交渉

昭和二八年一〇月三一日、ラサ労連が被告を含む傘下四単位組合の統一的要求として工員平均一万九千円の越年資金を会社に要求し、一一月一九日これについて団体交渉を申入れ、同月二四、二五日および二七、二八日の二回に亘つて団体交渉をしたが、原告会社は事業所毎の現地交渉を主張してラサ労連による統一交渉を拒否したため交渉方式の問題をめぐつて意見が対立し、遂に本案である越年資金問題については交渉が行われずに終つたことは争がない。

証人岩本勇の証言および被告組合代表者細川梅喜千の本人尋問の結果(第一回)によると、これより先被告組合は組合大会を開いて、越年資金として会社に要求すべき金額の決定権ならびに要求交渉の権限をラサ労連の中央執行委員長に一任する旨決議した事実を認めることができる。即ちラサ労連は下部組合である被告組合の委任をうけて前記のとおり越年資金の要求をし原告会社と交渉をしたのであつて、これにより被告組合は労働協約第九〇条に定められた団体交渉の義務を尽したものということができる。

原告は、本件労働協約は現地交渉を規定したものであり被告組合自身と宮古工場長が交渉当事者となつて労働協約第九四条第九五条所定の手続をふんだ団体交渉が第九〇条にいわゆる団体交渉であると主張するが、同協約は交渉の場所を宮古と特定してもいないし、交渉当事者を被告組合と宮古工場長に限定しているものと解すべきものでもない。宮古工場長より原告会社社長と交渉した方がより直接的能率的であることはいうまでもないところであつて、それを禁止するまでの趣旨は同協約に規定されているとは解せられない。また労働組合連合会が傘下単位組合の委任をうけて一丸となつて統一的に会社と交渉することができるのはこれまた当然の理であつて、連合会はそもそもこのような目的のために結成されるものであり、原告主張のようにこれができないとすれば連合会の存在自体を否定することに外ならないのである。労働協約第九四条第九五条所定の細かい手続が履践されたかどうかは明らかでないが、たとえこの点において瑕疵があつたにしても、原被告間に団体交渉がなかつたとはいえないのである。

次に交渉方式の点で意見が一致せず越年資金要求の本案について交渉が行われなかつたのであるから、実質的に団体交渉をしたことにならないのではないかとの疑があるので考えるに、原告会社に現地交渉を主張する相当な理由があるにしても、被告組合がより有利な越年資金を獲得するために、中央統一交渉方式を主張したことは、これまた無理からぬところであつて、従来越年資金問題が各事業所毎に現地交渉によつて解決されてきたことは被告の明に争わないところであるけれども、これを以つて被告組合の中央統一交渉方式の主張が不当であり、本案の交渉にはいれなかつた責任は一方的に被告組合にありと結論するのは妥当でない。故に会社の要求する現地交渉をへることなく争議行為にはいつたからとて被告組合が実質的に団体交渉の義務を尽さなかつたと認定すべきではない。

なお原告は、被告組合が争議行為を開始した一二月一一日午後三時頃原告会社宮古工場長が被告組合に対し、争議について団体交渉の申入れをしたのに対し被告組合がラサ労連あて申入れられたいと回答しこれに応じなかつたことは、労働協約第一〇一条後段に違反すると主張するが、同月八日被告組合が原告会社宮古工場長に対して越年資金要求に対する回答(会社案)の提示を求めたのに対し同工場長は本社における交渉が解決しない限り会社案の発表はできないと答えた直後のことでもあり、また前述のような原告会社とラサ労連との交渉の経過があつた以上、なんら具体案を示さない団体交渉の申入れに応じなかつたからといつて、労働協約第一〇一条後段に違反するものとはいえない。

されば団体交渉義務の点においても、被告組合に労働協約違反の事実はなかつたものといわなければならない。

ハ、労働委員会の斡旋

本件労働協約第一〇二条を客観的に解釈すれば、文字の用語上同条は「労働委員会の斡旋に附してもよし、附さなくてもよい」という意味であること明瞭である。ただ斡旋に附した場合には第一〇四条第一〇六条との関係上少くとも斡旋手続が終了するまでは争議行為ができないということになるから、同条を前記のように解釈しても決して無意味な規定とはならない。またこれを立案の経過に照らしてみても、昭和二五年春頃原被告双方の協約案が出揃うた当時の会社案は「特別交渉委員会に於て会社組合双方誠意を以て反復交渉するも尚妥結できない紛争は之を管轄権ある労働委員会の調停に附するものとする」となつていたが、その後の六月一五日の会社第三次案においてはこれを変更し「労働協議会に於て会社組合双方誠意を以て反復交渉するも尚妥結出来なかつた場合には管轄権ある労働委員会の斡旋又は調停に附することが出来る」とするとともに第二項として「前項の斡旋調停を申請するときは相手方に通告を要するものとする」の一項を追加した事実を認めることができ(細川梅喜千第一回供述と成立に争のない乙第九号証の一、二)、以後佐藤彬斡旋員の提案にも拘らず昭和二十七年八月一二日協約成立に至るまで「調停」が削除されただけで「出来る」という表現に変更が加えられることはなく、また会社と組合との間でこの点について論議が交わされた事実もないのである(成立に争のない甲第八号証、第七号証証人佐藤彬の証言及び細川梅喜千第一回供述)即ち本件労働協約第一〇二条は、従前「附するものとする」と明瞭に申請義務を定めてあつたのをことさらに「附することが出来る」と変更して成文となつた経過に照らせば、立案者も申請義務を規定する意図はなかつたものといわなければならない。

よつて労働協約第一〇二条違反との原告の主張は失当である。

ニ、予告義務

ラサ労連宮古支部が昭和二八年一二月九日午前零時原告会社宮古工場長に対して「連合会の指令により一二月一一日午前八時からストライキにはいる」と通告したことは争がない。ラサ労連宮古支部は即ち被告組合をラサ労連本部から見たときの呼称であること明らかである。原告はラサ労連宮古支部と被告組合とは別物であり、宮古支部がスト予告をしても被告組合がスト予告をしたことにならないというが、これこそ言葉尻をとらえた上足取りの理窟であつて、原告会社自ら被告組合以外に宮古支部があり、被告組合がストをするのではないと誤解しなかつたことは、成立に争のない甲第四号証の二、乙第七号証の一、二等によつて知りうるのである。予告義務の点においても被告組合に労働協約違反はない。

3  労働協約のいわゆる平和条項とは、争議行為をなるべく避けるために定められた争議行為の前提手続や争議方法の制限を定めた条項をいい、その目的は争議行為という最悪の事態をできるだけ避け、また相手方に争議行為に対する準備をする余裕を与えるというところにあるというべきである。本件においては、昭和二八年一〇月三一日越年資金要求書が原告会社に提出されてから一二月一一日ストライキが開始されるまで約四〇日間ラサ労連と原告会社との間に数々の交渉がありその間には中央労働委員会も介在したのであつて、たとえ個々の行為に若干の瑕疵があつたとしても、被告組合は争議行為を避けるための努力を尽くしまた原告会社にスト対策をたてるための余裕も充分与えたのであつて、総体的に考察するときは前記平和条項を設けた趣旨に違背するところがなかつたものというべきであるから、この点からしても、平和条項違反との主張は理由がないといわなければならない。

第二、平和義務違反との主張について。

被告組合の争議行為の目的が越年資金の獲得にあつたことは、前記認定の諸事実から容易に知りうるところである。被告組合は越年資金の要求を有利に貫徹するために統一交渉方式を主張したのであつて、中央統一交渉方式は目的貫徹のための手段に外ならないのである。原告は、中央労働委員会に対する斡旋申請書に斡旋事項として「ラサ労連の原告会社に対する団体交渉権の確認並に促進」と書かれていて越年資金要求とは書いてないことを捉らえて、被告組合の争議行為の真の目的は中央統一交渉方式の確立にあつたというが、ラサ労連は、越年資金交渉に原告会社が応じないのでこれに応ずるように斡旋して貰いたいと申請したのに外ならないのであつて(成立に争のない甲第六号証、乙第六号証の一乃至四証人岩本勇の証言、細川梅喜千の第一回の供述)この事実は本件争議行為の目的が越年資金獲得にあつたとの前記認定の妨とはならない。のみならず、本件労働協約は必らずしも現地交渉方式を規定しているものとは解せられないこと先に言及したとおりであるから、仮に中央統一交渉方式の確立を目的として被告組合が争議行為にいでたものとするも労働協約に定められた事項の変更を目的として争議行為をしたとはいえないから、平和義務違反との原告主張はいずれの点よりするも理由がない。

よつて、原告主張の平和条項違反および平和義務違反の事実を前提とする原告の本訴請求はその余の争点について、判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 中平健吉)

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